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人との比較

某所にも書いたけれど、他の人と比較することって、どうなんだろう?

「人はくだらないことで他人と比較するあまり、その人に与えられた役割を突き詰めることを忘れてしまう。怒りっぽい人のそばに優しい人がいれば、怒りっぽい人が優しくなれたり、トロンとした優しい人が『正しいことは正しい』と言い続ける強さを持てたりするかもしれないよね」
 槇原さんの記事より引用: ttp://be.asahi.com/20050507/W14/0010.html 

高校生の時に、聖歌隊に入って…。
1つだったかな…下のソプラノの子の声がとても好きでした。

私が声の細分化を意識するようになったのは、確か大学3年の学内演奏会のことだったと思います。
それまでも知識としては持ち合わせていたのだけれど、モーツァルトのアレルヤを歌った私に対して「もうちょっとで上手いコロラチューラになるよね。」と言われたことでした。

女なら、一度は歌ってみたい「夜の女王(クドイねぇ、私も。)」を、そんな彼女はよく真似していました。
(実際は、何故かメッツォと言われたようですが…。確かに重い声でした。)

転がる歌は聴いていて楽しいし、高い音が必ずあるので…どうしても憧れてしまうところがあります。
大学時代にお世話になった先生は、どちらかというと生徒のやりたい曲をやらせてくれるタイプだったので、私は比較的好きなものを学んでいました。Belliniの「Oh quante volte, oh quante...」とか、Mozartの「Alleluja」とか。さすがに…卒業試験で歌った「Ach ich liebte.」は、Dを出せなかったこともあり、声が違うんじゃないか?と教授会にて不評を買ってしまわれたようですが。
しかしながら、それを選んだのは私じゃなくて、先生だったんですが。

…と話がそれてしまいましたが、どちらかと言えば転がる歌を歌いたいんです。
なのにも関わらず、そんな歌を与えられると…"Vissi d'arte" を持っていったりもするんです。
欲張りでワガママなんですね、きっと。歌に関して…。

透明な声を出すのが理想的だけれど、それをアルトやメッツォに望むのは変に思えることだと思うし、そしてまた逆に、ソプラノに対して、重い声を出しなさい…っていうのも(役によりけりだとは思うけれど)、かなり厳しいことだと思います。

今回の講習会で、私はそこまでいかなかったけれど『モーツァルトの曲は、低い音を大きく、高い音を小さく(軽く)歌うんです。」と、L先生は言われていました。

私の声は…果たしてどちらなんでしょう。
私に与えられた役割の声って〜?!
すっかり尋ねるのを忘れてた!…というか、そんなレベルではないことに気付いてしまいました。

どちらにしても、hirokoさん、頑張れ!

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